周辺部門



書誌や素材、そのほか関連することを取り上げています。
画像には奈良絵本以外のものも使っています。
イメージ画像ということで。


朝倉重賢(あさくら じゅうけん)
江戸前期の奈良絵本・絵巻などの書写者。いわゆる豪華本を手がける能書家。

飛鳥井一位女(あすかい いちいのむすめ)
室町期の公家。江戸以来、お伽草子作者の1人とも目され、またその書写になるとされる伝本も少なくない。某家蔵『扇の草子』の極には「一位局藤原雅子之筆」とあり、「飛鳥井雅親卿の息女」とも記されている。これは人物特定に示唆を与えるものとして注意される。

遊び紙(あそびがみ)
本文料紙の前後に1〜2枚ほど配される白紙。袋綴の場合は本紙1枚分をこれにあてるが、列帖装の場合は本紙の半分の場合が主である。概して横型本には稀である。

岩絵具(いわえのぐ)
岩石をパウダー状にした顔料。大和絵の顔料の代表的なもの。これに膠を混ぜて用いる。粒子には極めて細かいものから粗いものまである。

打曇表紙(うちぐもりびょうし)
打雲とも。藍・紫・赤などの色を漉き掛け、雲形の模様を出したもの。奈良絵本の中ではやや古い作品に多い。古い奈良絵本の挿絵のすやり霞には、これと類似した色が使われており、霞との関連も注意されるところである。



団扇(うちわ)
奈良絵。レア物。菱川師宣の絵づくしに載る図案が実際作られたものかどうか。

裏打(うらうち)
紙背から、製作過程や工房の周辺を知りえる。

見返の糊がはがれ、表紙裏があらわになった状態。いらなくなった紙を使っているのがわかる。

上塗(うわぬり)
箔押しした上から彩色を施すこと。作画過程を知る上で重要なもの。とくに、箔押しとのかかわりが知られる。

絵入写本(えいり しゃほん)
絵を伴った写本の総称。したがって奈良絵本はその中の1種と捉えられる。そもそも奈良絵本という呼称の非学術性から、あえて奈良絵本なる語の使用に対して否定的な識者も存在する。ただ、問題は絵入写本とするだけでは、いわゆる奈良絵本の特異性(様式・歴史・近代での慣用化の歴史)を把握しにくいことである。さて、概念上の問題ではなく、歴史的問題として奈良絵本との関連を見ると、室町期から江戸中期のものの多くが関係している。つまり奈良絵本の時代と同じものの多くが注意されるのである。これらは物語草子・宗教書・故実書などが主である。

絵入版本(えいり はんぽん)
絵を伴った印刷された書物。奈良絵本との関連をもつものは江戸前期のものである。古活字本と整版本と、ともに奈良絵本との関係は深い。たとえば奈良絵本の『伊勢物語』は本文・挿絵ともに嵯峨本の後を享けたものと見られる。

絵詞(えことば)→画中詞(がちゅうし)

絵師(えし)
絵仏師。町絵師。無名作者。

江戸時代(えど じだい)
現存する奈良絵本の大半は江戸時代の成立である。

絵抜き本(えぬきぼん)
挿絵を剥がしたもの、あるいは切り取った奈良絵本をいう。抜かれた絵は屏風などに貼られ、鑑賞に供される。
これとは別に、絵巻や絵本を転写する際、絵の部分を省略して、本文だけ写すことが古くから行われた。そうした場合、親本の挿絵の部分を「絵」とか「絵有」とか示しておくことがある。

                          一般的な絵抜き本

絵具(えのぐ) 「えぐ」とも。泥絵具・岩絵具・胡粉・墨が主である。顔料の粒子には精粗さまざまある。染料も胡粉に混ぜて用いられる。

絵巻(えまき)
詞書と絵とからなる巻子装の書物。日本では絵本よりも絵巻のかたちが中古以来支配的であった。室町後期になると、絵本の体裁のものが確認されるようになる。個人蔵『伊勢物語』。奈良絵本との関係は小絵に関して特に説かれる。すなわち小絵を裁断して冊子に改装すると、横型奈良絵本になるというのである。つまり絵巻の発展したかたちが奈良絵本という説である。
 絵本を裁断して絵巻に誂えることは、まま行なわれた。古い事例としては杭全神社蔵『熊野の本地』などがある。しかし反対に、絵巻を裁断して絵本に改装した事例はいまだに確認されていない。もしこれが実際問題として改装の事実がなかったことを意味するのならば、絵巻(特に小絵)から奈良絵本(特に横型本)へ展開したという通説は、即物的に捉えるべきものではなく、観念的な、もしくは着想の次元においてのみ成り立つものと理解されよう。
 17世紀の絵巻には奈良絵本のいわゆる豪華本や絵入版本と酷似する挿絵の構図が散見され、また、本文の筆致に近いものも見られることから、これらとの関連性が注目される。

(おうぎ)
 『扇の草子』。菱川師宣の絵づくし。扇屋。城殿。

奥書(おくがき)
本文末尾に記される書写者ないし所蔵者による識語。奈良絵本には奥書がないのが正統である。したがって書写奥書がある場合は極めて特異なものと見なくてはならない。それらは個別に考えるべきものである。
                   

押し界(おしかい)
本文を書写する際に、本文を均等に且つ速やかに書き進めるために懸けた見当である。箆を料紙にあてて線を懸ける。慶応義塾図書館蔵『伏屋の草子』

押し八双(おしはっそう)
前表紙の小口の方から約5oのところに箆を押しして出来た線状の溝。これをつける目的は明確でない。一説に巻子本の八双の名残という。

押し目安(おしめやす)
本文書写に際し、天地に箆様のもの(筆の尻や箆を使用したものとみられる)を押しつけてつくった窪み。針目安と同じ機能をもつ。

お伽草子(おとぎぞうし)
室町期を中心し、その前後の時代も多少含む短編物語。主人公を基準にすると、公家物・武家物・庶民物・僧侶物・異類物などがあり、また日本以外を舞台にした異国物がある。奈良絵本の体裁をとった伝本が多い。

     『玉藻の前の双紙』(2本の尾を持つ妖狐の物語)

折本装(おりほんそう) 奈良絵本の当初の装幀に折本は存在しない。改装時にこのかたちにする場合がある。国学院大学図書館蔵『物くさ太郎』

改装(かいそう)
表紙のみなど、部分的な場合がある一方で、綴じ方を全く改める場合がある。とりわけ袋綴や列帖装の奈良絵本を絵巻に仕立て直すケースは少なくない。

(かい)

書入(かきいれ)
袋綴装にしろ列帖装にしろ、絵ないし本文料紙の裏面に、制作工程上、必要な事柄が記されている場合がある。多くは挿絵の挿入箇所や色などに関することである。古い例には、絵巻であるが、東洋大学図書館蔵『あやめのまへ』がある。これには「こふん(胡粉)」や「六(緑)」などの書入がある。


           『築島』下冊第1図を意味する挿絵裏書入
歌仙絵(かせんえ)
冊子・一枚絵などのかたちがある。奈良絵本と同じ書型や意匠をこらした装丁のものもあるから注意深く見るべき対象。

画中画(がちゅうが)
絵の中に描かれた絵。絵の中に室内などが描かれていると、その部屋に屏風や掛け軸が飾られていることがある。それに描かれている絵をいう。奈良絵本の場合は屏風・掛け軸・障壁・衝立などによく見かける。
 最近、よく使われるようになった術語ではないかと思うが、どうだろう。

画中詞(がちゅうし)
絵詞ともいう。絵の中に書入れられた詞。台詞や簡略な状況説明文などが記される。古い奈良絵本に多い。しかしそれ以上に室町期から江戸初期にかけての絵巻に注目すべきものが多い。これらの多くは本文の一部ではなく、本文から半ば独立した状況を示している。とくに口語性に富んだ事例が多く、国語資料としても価値がある。
 仮名草子・古浄瑠璃なども含めて、絵入刊本には画中詞の書入れられたものが多い。それらもやはり台詞であるし、状況説明文である。奈良絵本全般、とくに江戸時代前期の奈良絵本には画中詞がほとんど認められない。対して絵巻にはしばしば見出されることから、絵入刊本の画中詞は絵巻から示唆を得て普及したものではないだろうか。

画中混入本文(がちゅうこんにゅうほんもん)
挿絵料紙中に本文が入り込むかたち。画中詞の1種であるが、いわゆる絵詞としての画中詞は本文とは独立したかたちでの会話文や説明文が綴られるのに対して、画中混入本文はあくまで本文の一部である。

仮名草子(かなぞうし)
江戸前期の短編物語。文学史的にはお伽草子と浮世草子との間に位置づけられている。但しその淵源は単純ではない。奈良絵本も散見される(→対象作品)。しかしもっぱら版本が流布した。絵入本も多い。内容的には中国の典籍によっているものが多く、挿絵も漢画風のものが目立つ。奈良絵本例・実践女子大学図書館蔵『女訓抄』

歌留多(かるた)
『百人一首』『伊勢物語』。一枚だけ奈良絵風の肉筆画を交え、ほかは摺物に丹緑本のような単純な彩色を施すものもある。

城殿(きどの)
城殿和泉丞。室町時代の扇屋から派生したと考えられている絵草子屋。『庭訓往来』に記載される。「城殿」の印をもつ絵巻が存在することから、絵巻の制作販売に城殿が関わっていたことが知られている。

狂言(きょうげん)→能・狂言(のう・きょうげん)

享受(きょうじゅ)
奈良絵本は恐らくオーダーメイドの場合が多いと考えられる。ところが、どのように作られたのか判然としない。公家や武家の嫁入道具の一つ、また棚飾の調度という目的があることは確かであろう。また、上流武士の土産品としても扱われていた。

行数(ぎょうすう)
奈良絵本の行数は、古いものは一定していない。しかし、江戸前期のものは決まっている。料紙の幅や文字の大きさなどの要因によって異なるが、毎半葉おおむね8行から13行くらいである。行数を一定化する手段として、針目安がある。

雲母引(きらびき)
本文料紙や絵に雲母を引くこと。稀ではあるが、岩瀬文庫蔵『鉢かづき』など、幾つかの事例がある。

(きわめ)
江戸時代から近代にかけての鑑定家による筆者(書写者・絵師)特定の証文ないし証文の札。多くは誤っている。しかし、時代的には近い人物である場合が多く、一面真実を突いていることもあるから、参考情報としてとどめ、一蹴してしまわないほうが良いかもしれない。古筆の家。

金泥(きんでい)
「こんでい」ともいう。金箔をパウダー状にして、膠を混ぜて作る。表紙・題簽・見返・本文料紙など、装飾された紙には広く使用される。
 いわゆる量産型の奈良絵本の挿絵を見ると、各絵の金泥使用量にはおおよその原則があったように思われる。屋外を描写している場面では、金泥を雲形として用いる。一方、屋内場面には雲形を描くことは稀である。しかしその分の金泥はどうするかというと、多くは屏風や障壁などの調度に使われるのである。

銀泥(ぎんでい)
銀の砂子に膠を混ぜたもの。主に表紙・題簽・見返・本文料紙などの装飾に用いる。もちろん挿絵中にも取り入れられる場合がある。とくに雲形にこれを使用することは江戸前〜中期のいわゆる量産型に多い。残念ながら、今日では多くは酸化して黒ずんでいる。


金襴(きんらん)
布表紙の1種。改装時にこれを用いることが多い。

雲形(くもがた)
古い絵巻物以来継承されてきているもの。およそ金泥で描かれるが、銀泥やその他の色のものもある。江戸時代の奈良絵本は、金泥か銀泥かに統一される。

外題(げだい)→題簽(だいせん)

源氏絵(げんじえ)
『源氏物語』に基づく絵、さらにはそれらしい絵を指す。室町期、『源氏物語』を題材にした絵は屏風、障壁、襖などから色紙、短冊、扇、貝、羽子板にいたるまでさまざまな物に描かれた。のちには文具や調度品、室内装飾のみならず、輿にも描かれるようになった。この拡散化の中で、『源氏』なのかどうか分からない、『源氏』っぽい絵もたくさん生まれた。

原所蔵者(げんしょぞうしゃ)
今日伝世する奈良絵本が、そもそもどこに所蔵されていたものなのかは明確でない。江戸時代、武家の女性の所蔵していた奈良絵本が遺品として孫娘に譲渡された記録がある。

構図(こうず)
類型的である。吹抜屋台が基本。版本との共通性も看過できない。源氏絵、伊勢絵を基調としたもの。

工房(こうぼう)
奈良絵本は京都の町絵師によって作られたというのが通説である。挿絵は絵師、本文は筆功(筆工)、その上に監督役がいたらしい。それと製本役。紺紙金泥や緞子の表紙は仕入れたものか。

幸若舞曲(こうわか ぶきょく)
語りと舞とからなる中世芸能の1種。その正本は読み物として広く読まれた。その際、節付は省かれ、単に本文のみが書写された。これに絵が伴うと絵入本となる。写本・刊本ともに作られた。奈良絵本はこのうちの絵入写本の大半に当たる。

小絵(こえ)
室町後期に作られた小さな絵巻をいう。天地13〜17cmくらいのものである。江戸時代になっても多少であるが作られている。東洋大学図書館蔵『をこぜ』、慶応義塾図書館蔵『こほろぎ物語』

誤写(ごしゃ)
本文や見返の裏面に確認されるもの、朱筆で訂正されているもの、未修正のものに整理される。これによって、表記の相違や若干の本文異同は書写者によって必ずしも重要な問題ではなかったことが察せられる。もちろん親本との近似性の度合には個人差があったことは想像に難くない。国学院大学図書館蔵『ゆりわか大臣』。

古浄瑠璃(こじょうるり)
江戸前期の代表的な語り物の1種。文学史的には近松門左衛門の出現以前の浄瑠璃を指す。お家騒動物・寺社縁起物などの内容をもつ。正本の読み物化に際しては節付などが省略される。この点、舞の本の読み物化と共通する。

古典作品(こてんさくひん)
『竹取物語』『伊勢物語』『住吉物語』『源氏物語』『落窪物語』など、中古の物語から奈良絵本は存在する。中世軍記物語としては『保元物語』『平治物語』『平家物語』『太平記』『義経記』『曽我物語』など代表的なものはいずれも絵本化された。説話集にも『撰集抄』がある。そのほとんどは江戸時代になってから作られたもので、室町時代まで遡及できるものは個人蔵『伊勢物語』くらいである。『伊勢物語』の多くは江戸時代前〜中期の作である。

胡粉(ごふん)
貝殻などを粉末にしたもの。これに膠を加えて白色の塗料に用いる。また他の顔料に混ぜて用いる。

           左の白い部分が胡粉。黒い線は墨。200倍

コレクション(これくしょん)
江戸時代の奈良絵本コレクターに誰がいたか分らない。阿波の蜂須賀家が考えられるか。近代になると、黒川真頼や平出堅次郎などの古典研究者が、他の形態の典籍とあわせて収集した。昭和時代にはお伽草子研究が本格化する中で、横山重が精力的に蒐集し、その多くは今日慶応義塾図書館に収められている。戦後、奈良絵本の値段の上がり、個人コレクターは少なくなっているが、研究者の中には蒐集を続ける人もいる。ただし多くは大学図書館や美術館など、研究を兼ねた機関に収まる場合が多いというのが現状である。

紺紙金泥(こんしきんでい)
金泥は「こんでい」とも。むしろ「こんしこんでい」のほうが定着しているようだ。紺の紙を地として、それに金泥などで装飾を施した表紙の通称。厳密な呼称ではない。金泥とともに銀泥や金銀の箔や砂子などを用いることが普通である。いずれにしても紺紙金泥は奈良絵本の最も代表的な表紙である。

金泥(こんでい)→金泥(きんでい)

彩色(さいしき)
奈良絵本の彩色には精粗の両端がある。精緻は絵柄のものは濃淡をつける。また、顔の色も白や肌色を地にして頬に紅を加え、表情の丁寧に描く。一方、粗雑な絵柄のほうは、原則として単色で事物を描いて濃淡をつけない。下描に忠実な塗り方もしていない場合が多い。また、青系の色であっても藍銅鉱を用いる場合と胡粉に藍色の染料を混ぜて用いる場合とがあり、それらはしばしば同一画面上において併用される。

裁断(さいだん)
製本をした後で、天地を切り整えること。これによって本文に支障が出ることはない。挿絵に関しては、天地は大概すやり霞で占めているから、霞に若干幅がなくなるだけで、絵の描写に差し障りが出ることは稀である。本文や挿絵の裏面の書入や挿絵番号が切れていることがあるが、そこから最終段階で裁断していることが確認できるのである。

挿絵番号(さしえ ばんごう)
挿絵料紙の裏面などに書入れられた番号のこと。たとえば挿絵を1冊に10枚用いる場合、各挿絵にそれぞれ1から10の漢数字を墨書される。上下2冊本の場合は「上一」や「下壱」などと記される。このような表記は、たとえば土佐派の絵巻粉本などにも見られ、一般的に用いられていたことが推測される。ただし『浦島太郎』一冊本の場合は「うらしま一」などともされるが、このような、〈略書名+番号〉による表記法は、奈良絵本独自のものではないかと想像される。つまり、あえて略書名を明示することにより、他の挿絵とまぎれぬように工夫していると推測することができる。なお、この番号は、多くは料紙の裏面に書かれるのであるが、表、つまり絵の描かれている側の右上ないし左上の隅に記されることもある。

酸化(さんか)
銀泥・銀箔・銀砂子が酸素と化学反応をして黒くなること。銀泥の雲形や絵の中の月などにしばしば見られるところである。

下絵(したえ)
本文料紙に金泥や銀泥などで描いた絵や文様。下絵自体は平安時代から存在する。奈良絵本に用いられるものは、多く草木や花鳥を単色で描いた簡素なものである。豪華本の中には30種以上の絵柄を使うものもある。ほとんど肉筆だが、ごくまれに摺物もある。中之島図書館蔵『雨やどり』

下書(したがき)
精密な描写の場合と粗雑な描写の場合とは違いが見られる。後者の場合はしばしば目安程度のものとして扱われ、絵として採用されないことが多い。

下敷(したじき)
奈良絵本の料紙は鳥の子紙ないし間似合紙なので、厚手である。したがって本文を均等に書写する補助となる下敷を用いたかどうか判然としない。ただし、本文裏面に縦線を墨書した伝本が確認されている。このことから、使用した可能性は否定できない。だが、多くは針目安をつけることで下敷の代替になっていたのだから、重要なものではなかったと考えられる。

書肆(しょし)
奈良絵本がどのように販売されていかのかは明らかでない。書き本屋と呼ばれるところを重点的に調べるといいかもしれない。

水墨画(すいぼくが)
奈良絵本の中では、障子や掛幅画などの画中画として見られる。その場合も墨によって描かれている。

住吉派(すみよし は)
江戸時代を代表する大和絵の1派。

すやり霞(すやりがすみ)
絵の天地に描いた霞の一種。主に青系の彩色を施されるが、古い奈良絵本には桃色も併用される。この点、打曇表紙と通じるものがあり、注意される。また豪華本は無地に金箔を散らすのが典型である。江戸前・中期のものには余白なく金箔で埋めるものも少なくない。輪郭は黒線・青系の線・白線が主。豪華本は黒線の上に金線を重ねるものも多い。形態は直線のバー2層から3層程度であるが、古いものは波状のバーになっているものが多い。霞の地は青みがかった色が主流である。それは胡粉と有機系の染料(水絵具)とによるものである。→霞(かすみ)

製本(せいほん)
奈良絵本がどこで、だれによって製本されたのかは、現在のところ明確にされていない。本文書写・挿絵作画→本文料紙と挿絵料紙との糊付→天地などの裁断→表紙の取付→綴じ穴開け→糸通しという過程を踏まえるのではないかと推測される。

説経節(せっきょうぶし)
中世から近世にかけて流行した語り物の1種。幸若舞曲や古浄瑠璃と同じように、読み物としても享受され、絵本として作られた。奈良絵本化された本文には節付は省かれている。この点、幸若舞曲や古浄瑠璃の場合と同じである。『中将姫』

蔵書印(ぞうしょいん)
所蔵者の印記。奈良絵本のコレクターの蔵書印として代表的なものに横山重の赤木文庫や黒川真頼の黒川文庫のものがある。

装飾師(そうしょくし) 
挿絵の装飾部分を担当する絵師。西洋の装飾写本づくりにはそういう人がいたようだから、奈良絵本もいたかと思い、とりあえず挙げておく。霞や雲形担当の人。いや、そこまで分業する必要もなかったか。どうなんだろう(?_?)?

損傷(そんしょう)
奈良絵本の損傷には虫損・鼠損・破れ・滲み・糸切れ・糊剥離・顔料剥落などが挙げられる。一般に鳥の子紙や間似合紙は虫が喰わないといわれるが、実際は楮紙ほどでないにしろ、虫による損傷は多い。ただし全般に本文に支障がでるほどの虫損は確認されない点は奈良絵本の特長といえる。鼠損は鼠による噛み傷。糊の剥離は表紙と見返とが剥がれること、また題簽が剥がれること。とくに後者は、これによって該本の書名が逸せられるため深刻である。顔料の剥落は、その性質上、仕方ないが、よく見られるところである。


                              顔料の剥落

                           鼠にかじられた痕
題簽(だいせん)
表紙の中央ないし左肩に貼られる書名を記した小紙で、主に鳥の子紙が用いられる。外題の1種。奈良絵本では、ほぼ全てにおいて短冊様の装飾料紙が使用される。奈良絵本は内題をつけないものがほとんどなので、題簽が失われると逸名物語として扱われる場合が多い。

棚飾本(たなかざりぼん)
調度品としての書籍。歌や物語の草子や唐本が好まれた。奈良絵本はその一種として需要されることがあったと思われる。

丹緑本(たんろくぼん)
刊本の挿絵に丹・緑・黄や青などの色を2〜3色用いて大まかに彩色を施したもの。元和から寛文・延宝ころにいたるおよそ50年間に作られた。寛永期に盛んに作られたといわれる。したがって古活字本と整版本との両刊本が存在する。丹絵とは直接結びつかないと思う。

(ちつ)
書籍を保護・保存するための木製ないし紙製の容器。

散し書(ちらしがき)
文字を、行の規則にこだわらずに自由に紙面を用いて書き記す方法。通常、和歌の表紙に用いられる。しかし、奈良絵本にもしばしば見られるところである。それは、次丁に挿絵が配される場合である。つまり、次に挿絵料紙を挿むことをあらかじめ設定していて、かつ本文料紙が最終行まで至らずに予定の本文を書き終えると、紙面に余白ができる。そこを有効に用いるため、末尾までの数行分を自由に散らして記すのである。その表現は多彩であり、和歌の色紙とは違い、筆功の遊び心がうかがわれる部分がある。

泥絵(でいえ)
泥(でい)を用いた絵。泥とは金砂子・銀砂子を膠で溶いたもので、これを顔料として絵を描くことは古くから行なわれた。特に扇の絵においては泥絵が主流であった。泥絵(どろえ)とは別種。

特大本(とくおおほん)
「とくだいぼん」ともいう。奈良絵本の中でもっとも大きな寸法に類するもの。縦約30cm・横約17cmの本。稀に横型の特大本も存在する。いわゆる豪華本と呼ばれるものは、多くこれに属する。例外は確認されない。

土佐派(とさ は)
大和絵の代表的な1派。奈良絵本の豪華本の絵は、俗に土佐絵とか土佐絵風とか言われる。実際のところは不明である。ただし土佐派に学んだり、あるいは土佐派を模倣した町絵師は少なくなかっただろうと想像される。

鳥の子紙(とりのこがみ)
斐紙の1種。厚手のものから薄手のものまである。奈良絵本に用いられるものは厚手が主である。とくに列帖装のもの。袋綴装のものは、片面書でいいから、必ずしも厚手である必要がない。だから、やや薄手のものも見受けられる。

泥絵(どろえ)
泥絵具を用いた絵画の1種。江戸後期に流行し、明治に至っても作られた。奈良絵本も泥絵具を用いて作られるものだが、泥絵とは呼ばない。また、いわゆる泥絵との直接的な関係もない。泥絵(でいえ)とは別種。

泥絵具(どろえのぐ)
胡粉を混ぜたパウダー状の絵具。奈良絵本の主要顔料。『人倫訓蒙図彙』「経師」

内題(ないだい)
本文の冒頭に記されるタイトル。奈良絵本の場合、内題は原則として存在しない。したがって、内題のあるものは特例として、その特殊要因を明らかにしなくてはならない。実践『烏帽子折』

奈良絵(ならえ)
泥絵具を用いて描かれた絵画の1種。稚拙の観のあるもので、室町後期から江戸中期にかけて作られた。扇・団扇など。

奈良扇(ならおうぎ)
もと、奈良で作られた扇。奈良絵風の絵柄をもつ。奈良扇は今日にいたるまで作られている。仙台には幕末まで奈良屋という商家があり、そこでは景品として同様の奈良扇を配っていた(石川透先生の御論をみよ)。これと奈良絵本とのつながりは不詳。この扇や赤膚焼の絵を奈良絵と称することから、明治期に類推的に奈良絵本という呼称が生まれたというのが通説である。

(にかわ)
泥絵具や岩絵具、胡粉などは水に溶くだけでは紙に固定しない。乾燥するとまた粉末に戻ってしまうのである。だから固定剤を混ぜることが必要となる。その固定のための接着剤の役割を果たすものが膠の汁である。

能・狂言(のう・きょうげん)
中世に大成された芸能。一方で、これを素材として物語が作られることも多くあった。その物語が奈良絵本化しているケースも散見される。能「殺生石」と『玉藻の前』との関係にみられるように、能舞台の演出が絵に反映されているものもある。

糊付(のりづけ)
題簽を貼ること・表紙と見返とを貼りあわせること・本文料紙と挿絵料紙とを貼りあわせること。この3点が奈良絵本における糊付である。第3のケースには2〜3の方法がある。袋綴装の場合は本文料紙の小口の部分を糊代にして、3〜5cmほど折り曲げて貼り合せる。挿絵料紙のほうを折って糊代とすることはないようである。列帖装の場合は料紙の裏面全体を糊代とする。

(はく)
金や銀を極めて薄く延べて、それを細かに切って作ったもの。幾つかの種類がある。約3〜5cmの正方形や長方形にするのが一般的。ほかに、細長く切った野毛箔や手で千切って不定形のものにした裂き箔などがある。表紙や題簽、見返などの装飾には欠かせないもの。豪華本や列帖装の奈良絵本のすやり霞にはこれを多様するものが多い。また、挿絵中の雲形や調度品・障壁の絵の地などにも用いられる。

(はこ)
書籍をいれる木製の容器。多く漆塗か白木かである。奈良絵本に当初から附けている箱には外題と同筆で蓋に金字書きされているものが多い。

針見当(はりけんとう)→針目安(はりめやす)

針目安(はりめやす)
本文を一定の間隔に一定の行数で書くなどの目的で、料紙の天地に開けられた小さな穴。その開けようには、10数パターン確認される。中には押し界と併用するものもある。この場合はむしろ界を懸ける目的で穴を開けたのだろう。
 その歴史は、管見では室町後期の事例が初見である。その他にも、奈良絵本以外の写本においても明治期に至るまで針目安が用いられた。ただし注意すべきは奈良絵本においては針目安の種類が多様であることである。おそらく奈良絵本の書写を専門とする職人間で独自に発展したものと思われる。
 さて、針目安は本文挿絵に限ってみられるものではない。画中混入本文にも使われた。いわゆる絵詞には見出されない。国学院大学図書館蔵『物くさ太郎』など。絵の余白に本文を書き込むものの中に、針目安をつけるものがある。絵巻の画中混入本文にこれを使ったものはないから、やはり、奈良絵本独自のものと見るべきだろう。

半紙本(はんしぼん)
半紙判。半紙を二つ折りにしたサイズで、美濃判よりやや小さめ。

菱川師宣(ひしかわ もろのぶ)
江戸時代前期の代表的な大和絵師。常陸国出身。肉筆画のみならず、版本挿絵も多く手がけた。絵巻物は伝世するが、奈良絵本に師宣作といわれるものは確認されない。しかし、それに対して刊本の挿絵を多く手がけていることをどう理解すればよいか。写本の冊子本の挿絵がなくて、絵巻にはあるのである。

筆功(ひっこう)
無記名であるため、書写者の実体は詳らかでない。朝倉重賢。豪華本の書写者は絵巻の書写も兼ねていた。いわゆる豪華本は例外なく能書の手になる。

百人一首(ひゃくにんいっしゅ)
「ひゃくにんしゅ」というのが慣用的には適当。『百人一首』の絵入写本には、いわゆる量産型と呼ばれる粗雑なものはないようである。

表紙(ひょうし)
奈良絵本の表紙は、通常、紺紙金泥や打曇という装飾料紙が主である。緞子装のものも少なくない。

屏風(びょうぶ)
奈良絵本は料紙を裁断し、これを貼り付けた屏風は今日幾つか伝わっている。絵のみのものもある。また屏風から剥がした零葉は数多くある。また、江戸前期の屏風、たとえば行幸図や洛中洛外図の中には、奈良絵本の絵と近似するものも見られる。なお、奈良絵本の画中画、すなわち挿絵中に描かれる屏風は、通常、風景画である。

袋綴装(ふくろとじ)
料紙を外側に折って束ね、のどの方に穴を開け、糸で綴じる装幀の方法。通常4ツ目という4ヶ所に穴を開けて糸を通すものだが、特大本の場合は5ツ目となる。

(ふで)
今のところ書くことなしorz
絵を描くのに何本くらい使ったのだろう。

振り仮名(ふりがな)
振り仮名は1丁もしくは全丁の本文を書き終えてから、同じ人物によってつけられる。国学院大学図書館蔵『ゆりわか』紙背との比較

粉本(ふんぽん)
手本となる控の写本。奈良絵本の構図や事物の型は類型的であるから、一つの可能性として粉本が存在していたことが考えられる。しかし、いまだにその種の資料は発見されていない。もう一つの可能性としては、元々粉本は存在しなかったとも考えられる。絵師の経験に依存するか、別の奈良絵本を手許において参考にしたかとも想像されるのである。

ぼかし
水絵具や墨(黒・朱)の濃淡によって輪郭を霞ませる技法。霞の外側(輪郭線の側)から内側にかけて多く用いられる。

舞の本(まいのほん)→幸若舞曲(こうわかぶきょく)

間似合紙(まにあいがみ)
一般的には鳥の子紙に灰などを混ぜた、やわらかく灰色がかった料紙。両面書には適さない。奈良絵本では通常袋綴装に用いられる。鳥の子紙よりも質が落ちることから、粗雑な量産型の横型本に頻用される。しかし豪華な特大本にも、鳥の子紙と効果的に併用されている例があり(中之島図書館蔵『七夕』)、使用動機には例外も存在する。名塩(現西宮市内)が生産地として古くから著名。

見返(みかえし)
表紙の裏側。通常、何も書かれていない。奈良絵本の場合は本文共紙か、もしくは装飾料紙が使われる。

民間絵画(みんかんかいが)
津軽の『熊野の本地』、南会津の同書、福島のオビシャ、立川流の絵巻、『生下未分之話』

室町時代(むろまち じだい)
1392年、南北朝が合一し、以来、1573年、将軍足利義昭が追放されるまでを一応室町時代をする。奈良絵本が生まれた時代であるが、現存するものは極少数である。しかも成立時期不詳の伝本が多く、その中のどれが室町時代の作であるかは、多くの場合、個人的判断に委ねられているのが現状である。今後は科学的な測定法を導入する必要が大きいであろう。

モデル
奈良絵本の絵の制作にあたり、モデルとなったと思われる作品には、まず『源氏物語』『伊勢物語』など古典的な絵巻とそれに基づく絵入刊本とが考えられるが、もちろんそれだけではない。江戸前期の絵入版本との関係も見逃せない。『俵藤太』→『田村の草子』

横型本(よこがたぼん)
横本とも。タテよりもヨコのほうが寸法のある書型の本を横型本と呼ぶ。一般的に本のかたちとして、それは特殊なかたちであるが、しかし奈良絵本の多くはこの体裁をとっている。そこで通常の書型である縦型の本をあえて相対的に縦型本と呼ぶ場合も多い。やや古いものはタテ17cm×ヨコ23cm程度のものが一般的であるが、寛文延宝前後の量産型とおぼしき作品群では15cm×20〜22cm程度のものがほとんどである。

嫁入本(よめいりぼん)
嫁入り道具の一つとして持参される本。美しい装丁の歌や物語の草子や巻物が主。その中には奈良絵本も含まれている。最近、徳川家伝来の本で詳しく調べている人がいる。また『婚礼』(徳川美術館)という図録は示唆に富む。

料紙(りょうし)
本文もしくは挿絵に使用される紙。奈良絵本の場合は通常鳥の子紙もしくは間似合紙である。江戸初期以前の作品中には斐楮交漉紙もあるようだが、識別困難。

輪郭(りんかく)
挿絵中の事物やすやり霞・雲形などの外線のこと。やや太めの墨書が多いが、それは下描のラインである。豪華本の絵の輪郭は極細いラインで描かれる。すやり霞の輪郭は黒線に限らない。金かもしくは地の色に類する絵の具が用いられる。

零葉(れいよう)
草子の断簡。奈良絵本は裁断されて軸装にされたり屏風に貼られたりすることが多かった。そのため、断簡のかたちで伝世するものが多い。

列帖装(れつじょうそう)
料紙を5〜10枚程度束ね、内側に折り曲げて糸で括り、それを1〜5括り合して表紙をつけて製本したもの。大和綴ともいう。本文は両面書となる。ほとんどの場合、料紙には厚手の鳥の子紙が使われる。江戸期のいわゆる縦型本に多く見られる。江戸初期以前の伝本は確認されない。この書型は商品としての写本(いわゆる美写本)にしばしばみられ、且つ能書家の手になるものであることを考え合わせると、列帖装の奈良絵本は、この頃作られるようになったものではないかと推測される。