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山犬(ヤマイヌ)

虎と他の異類との組み合わせとしては、「虎豹」のほかに現代でも生きている言葉である「竜虎」が想起されますが、お伽草子にはそれよりもむしろ「虎狼」が頻出します。
「ころう」と音読みするものもあれば、「とらおおかみ」と和語で記しているものもあります。
さらには野干も加わって「虎狼野干」というのもよく見られます。

「野干」は「きつね」とも「やまいぬ」ともいいますが、お伽草子では、基本、狐とみていいようです。
でも『一切経音義』27には「狐狼野干」という組合せが出てきます。
じゃあ「野干」は「きつね」じゃないじゃん、ということになりますが、それはそれ。
日本に入ってからの語史を考慮すれば、「野干」の本義から離れて、日本在来の、野干に似た動物である狐なり山犬なりに紛れていったということではないかと想像します。

漢語の「野干」にしろ、和語の「きつね」にしろ「やまいぬ」にしろ所詮翻訳語であり、言葉と同時に実物が渡ってきたわけではないから、当否はともかく、身近な動物に比定せざるを得なかったのではないでしょうか。

杜甫の『杜少陵詩集』を読んでいたら、「豺狼在邑竜在野」という句が出てきて(巻4)、さらに読み進めていったら、「肉痩怯豺狼」という句にぶつかりました(巻8)。
「虎狼」ではなく「豺狼」という組合せはお伽草子作品には出てこないのではないでしょうか(たぶん)。
「豺(さい)はジャッカルだ」と、以前、仏教学の先生に教えてもらったことがあるのですが、古代中世の日本人はむろん見たことがないから、一番近いであろう「やまいぬ」などと訳したのでしょう。
「おおかみ」と「やまいぬ」は明確に区別がつけられるものかどうか。
鎌倉期の辞書『名語記』には「(問)オオカミ如何。(答)豺狼也。山犬トイフ、コレ也」とあります。
つまり「狼」は「豺狼」であり、「山犬」であるといいます。
地方によっては狼をヤマイヌというところもあります。
大陸育ちの人ならば「イヤ違うよ」とはっきり言えるかも知れませんが、日本人は「豺」など見たことないから、「豺狼」の2語で「おおかみ」を指すものと理解しても差し支えなかったのでしょう。
詩語としてならば「豺狼」は使いようがあるでしょうが、物語世界を描くのに、虎がいたほうが人里離れた情景(「虎臥す野辺」とか「虎狼の棲みか」が常套句)を表現するのに効果的だったんでしょうか。うーん。