羊(ヒツジ)

『獣の歌合』で紙好きの羊の助が次の歌を詠んでいます。

  たはれゆく情けともみよ のみかはすももやそくさの乳房ならねど

これについて、判者の鹿が次のようなコメントをしています。
  羊といひしものは、つつじの花をさへ、親の乳房と心得て踊る物と聞き侍る。
「ひつじ」だから「つつじ」で、何か洒落てるのだろうかと思ったんですが、なんか全然違うみたいです。

『本草綱目』をみると、「羊躑躅」という名の植物が載っています(巻17草部毒草類)。
日本の古代の辞書である『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』にはこれに「イワツツジ、モチツツジ」をあててます。
『本草綱目』には異名として「羊不食草」とか「驚羊花」とか「鬧羊花(ドウヨウカ)」とかも記されています。
羊が食べない草とか羊を驚かす花とか羊をさわがす花とかいう意味。
「羊躑躅」の語源は「羊が躑躅(テキチョク)して死す」ということのようです。
「躑躅」とは「たたずむ」(『文選』)とか「立ち煩ひ悩む姿」(『アイノウ鈔』)とかいう意味です。
そういうわけでともかく羊と縁のある植物であることは中国伝来のことのようです。

しかし羊が躑躅の花を親の乳房と心得て踊るという説はなんなのでしょうか。
室町期の百科事典である『アイノウ鈔』には次のような説が紹介されています。
  或ル説ニ云ク、羊ノ性ハ至孝ナレバ、此ノ花ノ赤キ莟(ツボミ)ヲ見テ、母ノ乳ト思ヒテ、躑躅シテ膝ヲ折リ、之ヲ飲ム。
  故ニシカ云フ共。此ノ義、信用シ難シ。
これによると、羊は躑躅の赤いつぼみを乳房と思って佇んで膝を折って飲むから「躑躅」というのだとのこと。
もっとも『アイノウ鈔』の編者はこれを信用していないので、ある説として主説(上記『本草綱目』と同説)のついでに載せているだけです。
とはいえ、この説が『獣の歌合』の判詞に近いようですね。
ただ「親の乳房と心得て」というところはいいとして、「踊る」というところまで言及していません。
ということは似た説が当時あったのかも知れません。
巷間に伝わった俗説なのでしょうか。